ともちゃん の日常24


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2003年1月以前(ともちゃんの日常23へ)

2003年3月

24日(月)
「春はお散歩から」

30日(日)
「ハローキティと桜まつり2003」

2003年4月

6日(日)
「唐招提寺」

13日(日)
「舞子公園」

25日(金)
「2年1組」

27日(日)
「北播磨余暇村公園」

2003年5月

3日(土)
「四天王寺」

10日(土)
「淡路島公園」

2003年6月

1日(日)
「有馬温泉」

8日(日)
「葛井寺」

2003年6月22日以降(ともちゃんの日常25へ)


2003年3月24日(月)

長かった冬もようやく終りを告げて、ともちゃんが待ちに待っていた春の到来です。早起きしてミルクの注入をしているともちゃんの顔を、生駒山から上った朝日が照らすようになりました。日の出時間の変化ではなく、日の出の太陽の位置が動くためです。冬の間は日の出の太陽の位置が南に移動しているので、我が家のリビングの東(ちょっと北)向きの窓から正面に日の出を眺めることはできません。しかし春分の日近くになると、太陽の位置が北上して、リビングで抱っこされているともちゃんの顔を朝日が直撃します。

 ともちゃんは眩しくて、目を細めています。「太陽のマブマブ(眩々)さんが攻めてくるようになったら、お出かけの季節やな。」と言いながら、お父さんはリビングの窓に洗濯物を干したり、ブラインドを調節したりして、日光を遮ってくれました。

 暖かくなってくると、今まで多かった痰もすっきりとして、吸引の回数も減ってきます。そうなると登校が見えてきます。先週はちょっと頑張って、学校へ行くときのペースで朝の予定をこなそうとしました。登校のための用意もすっかりできていて、ともちゃんが朝の予定をすばやく終えることができたら、すぐにも学校へ行くつもりでした。けれども、ともちゃんには敵がいっぱい。春特有のけいれんの気配が強くなり、登校できませんでした。

 冬の間なら、学校に「今日は休みます。」の電話をかけても、ともちゃんはボーッとしていることが多いのです。けれども、先週はともちゃんも登校を楽しみにしていて気合が入っていたらしく、お母さんが電話をしている間中大きな声を出して、受話器の向こうの先生に「私は元気やで。学校に行きたいんや。」とアピールしていました。

 結局、先週登校できなかったともちゃんは、寝る前や朝起きたとき、お父さんやお母さんに「アーアー」と訴えています。「3連休にお出かけしたいって?」との問いかけに、笑顔で「ギャハハ(その通り)」と応えています。ずっと家の中で過している間にも、ともちゃんの返事のタイミングはドンドン良くなっていて、ともちゃんの体調の良いときはまるで言葉を理解して会話している様に見えてしまいます。

 ともちゃんの熱意に負けて、21日(春分の日)は穏やかな春の日差しの中、近くの淀川の堤防まで散歩に行きました。最初、ともちゃんは嬉しそうにしていましたが、ずんずんと淀川の方へ進んで行くと「オーオー」と文句を言い出しました。駐車場へ行って、車でお出かけすると思っていたのでしょうか。

 「遠くへのお出かけとちゃうで。今日は淀川にデンして帰るねんで。ニセマ(偽物)の石のところまでにするか、それとも(阪大ボート部の)ボート倉庫のとこまで行くか。」と話かけるうちに、ともちゃんの機嫌も直りました。堤防に上がると、光る川面と青い空から注がれる陽光に気分が良いのか、すっかりゴキゲンで、たくさんの笑顔を見せていました。

 「お出かけシーズン開幕前の『オープン散歩』やったなあ。」と阪神のオープン戦のテレビを見ながらお父さんが言いました。その言葉通りオープン散歩が無事終わり、ともちゃんのお出かけシーズンが開幕しました。今日は終業式でしたが、ともちゃんは、ようやく登校することができました。3学期初めての登校です。

 久しぶりに友達とふれあい、通知表をもらって、スクールバスで帰りました。中学1年生の出席は197登校日中、17日(勝率8分6厘)という少ないものでしたが、大きな病気をせずに1年間過せたことが何よりです。冬ごもりの間は、お留守番のおみやげ(お父さんの出張やお姉ちゃんのスキーで、どんどん増えています)と、お友達からの手紙を持ってきて下さる先生の訪問を楽しみにしていたともちゃんですが、これからはお出かけが楽しみです。

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2003年3月30日(日)

ともちゃんのお出かけシーズンが始まりました。今シーズン最初のお出かけは、万博公園で開催された「ハローキティと桜まつり」でした。お父さんの通勤モノレールの駅で宣伝されていただけではなく、新聞の折込み広告まで入っていたので、ともちゃんの家庭では早くから話題になっていて、ともちゃんも楽しみにしていました。

 (1)桜が満開になると花見客で混雑するので、桜が咲いてない時に行く、(2)万博公園周回道路に入ると混雑していても抜け出せないので、高速道路から周回道路を経て最寄の東駐車場に行くというコースはやめて、ずっと地道を走って東駐車場に入るという2点が去年の教訓です。

 お父さんが教訓を忠実に生かしたおかげで、「ハローキティ」会場の鉄鋼館には、開場して間もなく着きました。今年こそ、キティちゃんのショーが見られるかもしれません。ショーを見るために特に並ぶ必要はなく、車椅子用の席も設けてないとのことでした。

 今年は昨年とは異なり、ステージの前に「子供のダンススペース」として青いカーペットが敷かれています。子供はカーペットの上で、大人はその周りでショーを見るようです。すでに青いカーペットの上に荷物を置いて場所取りをしている人もいます。「それじゃ、うちもいいですか。」と係りの人に断って、カーペットの最前列の一番端に荷物を置きました。

 館内もまだ空いていて、「キティちゃんの中華街のおうち」での写真撮影もスムーズに行うことができ、グッズコーナーも自由に見て回ることができました。ともちゃんが買ったおみやげは長崎限定の大きな龍(龍の顔が「わんパーク」のフムフムにどことなく似ています)に乗ったキティちゃんのぬいぐるみです。お姉ちゃんにはキティの絵が描かれた缶に入ったパイを買いました。

 キティショーが始まるまでには30分以上もありましたが、ともちゃんは車椅子を降りてカーペットの上でお母さんに抱っこされて休憩することにしました。カーペットの一番端に陣取ったのは遠慮していたわけではありません。大勢の幼児が立ち上がってワイワイしている中で、お母さんに抱っこされて座っているともちゃんの安全を確保するためです。カーペットの隣にはお父さんもいるので安心です。

 お母さんに抱っこされているともちゃんは、ボーッとしていて、ちょっと朝早くから張切りすぎて疲れたかなと思われました。ところが、舞台に照明が当たり、音楽がかかってショーが始まると、目を爛々と輝かせて元気なともちゃんの復活です。ちょうどよい休憩時間でした。

 歌のお姉さんの登場にニコニコ、キティちゃんの登場にニコニコ、満面の笑顔を見せて大喜びです。会場の盛上りをともちゃんも感じて興奮しています。すぐ前に低い舞台が作られているのも、ともちゃんには分り易いでしょう。大きな顔のキティちゃんが目の前で踊っています。キティちゃんがちょうどともちゃんのまん前に来たとき、キティちゃんもともちゃんのほうをじっと見てくれていましたよ。

 お姉さんがキティちゃんのことを「サンリオピューロランドから来てくれたキティちゃんです。」と紹介したら、ともちゃんはまたまた大笑い。家でお父さんが「桜まつりの間はキティちゃんがピューロランドから出張でお仕事しに来てるねんで。帰りにUSJとか寄って大阪で遊んで帰るんかなあ。」と、いつもともちゃんにお話してくれていたからです。お父さんの言うとおりやったなあー。

 新しいダンスを教えてもらって他の子供たちがカーペットの上で踊っている時、とちゃんもお母さんに抱っこされて座ったままでリズムをとって手を動かしてもらってダンスを楽しみました。TVの「キティズパラダイス」の中の「じゃんけんパラダイス」にあわせて、キティちゃんとじゃんけん3回勝負をしましたが、(じゃんけんとは無関係に)ぎゅーと力が入ったり、だらりとリラックスしたりで2勝しました。すごい。

 「おもいきりダンス」もお母さんの膝の上で踊って、キティちゃんといっぱい遊んで大満足のともちゃんでした。が、めでたしめでたしでおしまいという訳にはいきませんでした。幸い大事には至りませんでしたが、坂道で車椅子が横転するという事故が起ってしまいました。

 会場の鉄鋼館に入るには階段を上る必要があります。スロープはなく、車椅子は桜の木が植えられた草原の丘を登らなければなりません。丘の上(昨年はともちゃんもここでミルクの注入をしました)の桜はまだつぼみだというのに、ともちゃんが帰るお昼頃にはお花見客があちこちで宴会のシートを広げています。

 なるべく傾斜がゆるやかな箇所を選んでお父さんが車椅子を押して進みました。お母さんはといえば、移動中のともちゃんの写真を撮ろうとカメラを構えながら歩いています。桜の根が出ていて進みにくく、傾斜が急になるので、お父さんが車椅子の方向転換をしようとした時です。

 最大傾斜角に対して車椅子が垂直になってしまい、ゆっくりと横転しかけています。お父さんは体勢を立て直そうとしますが、車椅子の押し手を握っているので、重力に抗する力が入れられません。お母さんがカメラをしまって、駆け寄った時には、お父さんが身体で車椅子ごとともちゃんをかかえて、緩やかに倒れていました。ともちゃんは無事、ニコニコ笑っています。よかった。

 両親で横転した車椅子(正式にはシーティングという座位保持部を身障者用バギーのフレームに装着したもの)を起こそうとしましたが、シーティングの装着部が中途半端に外れてうまく起こせません。お花見をされていた男の方が4人、駆け寄って来て、手伝って下さいました。

 ともちゃんはシートベルトを外して、お父さんに抱っこしてもらって、丘を下りました。車椅子は男の方たちが下ろしてくれました。応援がとても有りがたくて、お母さんもお父さんも何度も心からお礼を言いました。

 6点式のシートベルトでともちゃんの体がしっかりと固定されて、すっぽりとシーティングに収まっていたことと、お父さんの捨て身のガードで今回はことなきを得ました。けれど、坂道での方向転換が危険であるということをしっかりと認識させられた事件でした。以前の事故「頭をゴチン」で得た、ともちゃんを抱っこする時は、反動をつけずにしっかりと抱き上げるという教訓と同様に、今後ずっと注意していきましょう。

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2003年4月6日(日)

昨日の雨も上がって陽光降り注ぐ気持ちの良い日曜日、今日は奈良の唐招提寺に出かけました。日差しの明るさとは裏腹に風はまだまだ冷たく感じるのですが、ともちゃんは上機嫌です。

 有料道路を降り、カーナビの誘導に従って地元の一般道に入ると、両側には田園風景が広がります。奈良は、有料道路を通ればともちゃんの家から45分くらいで行けるのに、豊かな自然とのどかな光景に日常生活を離れて遠くまで来たような気分になります。ともちゃんの朝の予定が遅くなった時にも助かる、うれしいお出かけ先です。

 一般道を右折し、さらに狭い片側1車線の道路を少し行くと、左側に唐招提寺の駐車場がありました。駐車場はまだ空いていますが、後ろから続く観光バスもここに入るようです。出入り口近くの駐車場の端っこに車椅子駐車スペースがありました。先程からともちゃんの胸の奥でゼロゼロしている痰を吸引して、唐招提寺に向かいましょう。

 道路の反対側に面して、唐招提寺の入口(南大門)はありました。しかし、歩道のない狭い道路脇に、道路に張出すような形で、いきなり急な石段が4、5段あって、それを上ると入場券売場と南大門があるという構造で、スロープはありません。両親でともちゃんごと車椅子を抱えてこの階段を上らないといけないと思うと、お母さんはぞっとしました。ハローキティと桜まつりの帰り道での横転を思い出すからです。

 こんな急な石段では、横転しかけた時、車椅子の下に身体を入れて緩衝材にすることも不可能です。倒れたところが石段では、ちょっと転んだだけでもダメージは大きく、大きな事故につながりかねません。下手をすれば、下の車道に落ちてしまいます。その時に車が通過したら・・・、そうこう思うと足がすくんでしまいます。

 世界的に有名な寺院ですから、車椅子での見学路がないはずはないという強い信念のもと、ともちゃんとお父さんを階段の下に残し、お母さんは窓口に尋ねに行きました。やはり、別に出入り口がありました。尋ねてみるものです。できれば、「車椅子用の通路があります」と掲示して下さると、もっと安心できると思います。

 境内に入ってすぐにある金堂は、平成の大修理中とのことで足場が組まれ、完全に囲われていました。工事中の通路として組まれた廊下を抜けると、庭園に出ました。雨上がりの庭は木も竹も苔も緑が一段と美しく、空気が澄んで爽やかでした。桜の木も何本かあって満開でした。ともちゃんは、桜の花の淡いピンク色とその間から見える鮮やかな青色の「二色の空」を見上げていました。

 境内は砂地で、その中の通路は人が歩いた跡が擦り減っていて平らではなく、車椅子を押して通るには力が要るし、下手に力を入れると傾くしと大変でした。お父さんが頑張っていましたが、車上のともちゃんはゆれにもゴキゲンで、輝く空の下の落着いた雰囲気を楽しんでいました。

 講堂にはスロープがあったので、ともちゃんも上がって間近に仏像を眺めることができました。帰りは売店の人に頼んで、通用門の扉を開けてもらいました。ミルクの注入は駐車場に停めた車内で行いましたが、駐車場には車が少なく、窓を開けて気持ちよく行うことができました。ともちゃんの今年のお花見は、ちょっと渋い風流なお花見でした。

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2003年4月13日(日)

「頑張って早く食べたら、遠くまでお出かけできるで。」というお父さんの励ましに応えて、朝の予定を早く終えたともちゃん。今日は昨年の秋以来中断していた兵庫県立公園めぐりの続きで、舞子公園に行きました。舞子公園の端っこには明石海峡大橋の本州側のアンカレイジ(吊橋のロープの端をつなぎ止める巨大な構造物)があります。

 道路も空いていて、順調に神戸の須磨水族園の横を通り過ぎて、舞子浜に到着しました。「この海岸沿いの松林が昔からの舞子公園のはずやねんけどなあ。駐車場がないなあ。」と駐車場を探しますが、見当りません。とりあえず「アジュール舞子」の駐車場に車を止めることにしました。

「アジュール舞子って、いったい何やの?」、あたりを窺うと「砂浜は陥没事故防止工事のため立ち入り禁止」と書かれた看板が出ています。そういえば、数年前にTVの情報番組で明石海峡大橋のアンカレイジ近くに海水浴場がオープンしたということを聞いたけど、こんな名前だったような気がします。砂浜には入れなくても、海岸に出られるのでしょうか。散歩している家族連れの姿を何組も見かけます。

 駐車場の奥の海側に車椅子用の駐車スペースがずらりと並んでいます。そこに車を止めて後ろのドアを開けて、潮風に吹かれながら、ミルクの注入を行いました。車中で思っていたより、海辺の風は冷たく感じられからでしょうか。上着を脱いでお父さんに抱っこされていたともちゃんは、ミルクの注入中難しい顔をして、話しかけにも反応してくれません。

 ところが、車椅子用駐車スペースの前にあった「水陸両用車椅子貸出しのお知らせ」の看板にお母さんが気がついて、話題にしたときです。ともちゃんはにこにこ笑い出しました。「ええっ、ともちゃん、水陸両用車椅子に乗りたいの。」と訊くと、満面の笑顔で「へへん。」とうれしそうです。「残念やけどな、今こんなに寒いのに、水遊びは出きひんわ。」

 座位のとれないともちゃんは、通常の車椅子には座れないので、暑くなってもこの水陸両用車椅子にはきっと乗ることはできないのですが、水陸両用車椅子とはいったいどのようなものでしょうか。以前どこかのプールで見かけたような濡れてもいい普通の車椅子なのでしょうか。それとも砂浜も移動しやすいのでしょうか。機会があれば、是非見てみたいものです。

 「お出かけしても注入だけして帰るんでは嫌やんなあ。子供やから、何か楽しいことしたいやんな。」というお父さんの問いかけに、ともちゃんはニコニコ笑っています。「あそこに、大きい橋が見えるやろ。そこに行ってみよか。」、霧で煙っていたためか、来る途中には見えなかった明石海峡大橋がここからははっきりと見られます。

 アジュール舞子の駐車場の警備員さんにアンカレイジの駐車場(ここが目指す舞子公園の駐車場でした)を教えてもらい、再び車に乗込みました。明石海峡大橋の本州側にも橋の下に明石海峡に突き出た遊歩道、舞子海洋プロムナードがあります。アンカレイジの中を通ってプロムナードに上がることができます。

 「今日は風が冷たいからちょっとだけ行ってみようか。」、上着を着込んだともちゃんはきょろきょろと興味津々です。エレベータを8階まで上がり、プロムナードへ出ました。四国の鳴門でも、ともちゃんは渦の道で橋の下の遊歩道を散歩しています。今度は本州側の散歩です。やはり金網越しの海風は強く、少し寒く感じられます。急いでガラス張りの展望ラウンジまで行きました。

 風圧を感じなくなって、ともちゃんもほっとしたのでしょう。ともちゃんの表情がゆるみました。お出かけしている、知らないところをお散歩しているという楽しい気分が沸いてきたようで、たくさん笑顔を見せてくれました。すぐに折り返すつもりが、ともちゃんが楽しそうなので、展望ラウンジで少し景色を眺めて、「あそこで注入したんやで。」とか「船が通ってるわ。」とかお話をしました。ともちゃんはにこにこ答えてくれました。

 また吹きさらしの遊歩道を抜けて、アンカレイジに戻りエレベータに乗り込みました。エレベータに乗ると、ともちゃんは大笑いをしています。風がなくて、一段と明るいところに、今までの緊張感が解けたようです。ともちゃんには、ちょっとした冒険でした。

 駐車場までの道は来たときとは別ルートを通ったので、アンカレイジの周りをぐるりと回ったことになりました。アンカレイジの横に立つ「橋の科学館」のミュージアムショップで、おみやげに金色に輝くキーホルダーも買いました。ともちゃんの遠くへのお出かけフルコースが始動、ともちゃんも両親も大満足です。

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2003年4月25日(金)

 中学部は各学年2クラスずつあって、進級するごとにクラス替えがあります。ともちゃんは2年1組です。1年のときは2組でした。ともちゃんが中学部に上がる時に高校生になったお姉ちゃんも、奇しくも1年は2組、2年は1組です。「仲良しの姉妹やからなあ。クラスも一緒やねん。」とごろりと置かれたともちゃんに張付くように寝転がっているお姉ちゃんが言うと、ともちゃんは「ふふん。」と嬉しそうに笑っています。

 ともちゃんの中学部ではクラス分けはあるものの、学年単位での行動を大切にしているので、朝の会や終りの会、給食も2クラス一緒に行っています。ですから、嬉しいことに去年からのお友達は今年もみんな一緒に活動します。みんなより一週間遅れで2年生の初登校を果たしたともちゃんに「ともちゃーん」と駆け寄ってきてくれるお友達も、のっそりとやってきて顔を覗き込むお友達も、車椅子を並べて微笑みあうお友達も、ともちゃんはみんな大好きです。

 ともちゃんの場合はこの学年での活動と、全中学部の重複障害を持つお友達のグループで行う課題別学習(毎日の午前中)の2本立てで勉強します。登校したともちゃんがミルクの注入を終える時間には、みんなはグループに分かれて課題別学習をやっています。ともちゃんも時々少しだけ参加することがあります。現在は昨年度の3年生が卒業したので、新2年生3人、新1年生1人の4人のグループです。

 昨年度と大きく変ったのは、今年度から学校での医療的ケアを行うために看護師さんが配置されたことです。ともちゃんのミルクの注入も看護師さんが行って下さいます。最初の日、お母さんが説明しながら注入の準備をしたのですが、すでに注入についてはよくご存知のようなので、心強く思いました。けれども、注入をしてもらう子供の状態は様々なので、ともちゃんの状態や注意して欲しい事項などを正しく伝えていきたいと思います。

 体調が好調なともちゃんは、何年ぶりかで朝のスクールバスにも乗れました。3年前に経管栄養になってからは、朝食として経管摂取のミルクと経口摂取のお粥ペーストの両方を摂り、しかもミルクの後1時間空けてからお粥を食べます。それで、5時に起きるともちゃんでも、いつもは朝の登校便の時間にはとても間に合いません。

 久しぶりのスクールバスは大分顔ぶれが変っていました。入学以来7年間、ずっと一緒のバスだったY君が別のバスに変りました。毎年生徒数が増え続けるともちゃんの養護学校では、今年度からスクールバスの数が4台から5台に増えました。そのために、バスのコース変更に合せて、別のバスに移ったのです。

 お兄さん、お姉さんたちは卒業したり、自主通学になったりしてバスには少なくなり、見渡すとともちゃんより小さな小学部のお友達が多くなりました。「この子だれ。」「ともちゃんいうて、中学部のお姉さんやで。たまにしかバスに乗られへんけど、よろしくね。」、自分の鼻の下を触って「なにサイボーグみたいなん付けてるん?」「(カニューラのことやな)息するのん、しんどくなるから、これ付けてんねん。」「さんそ?」「そうや。よう知ってんなあ。」「保健室にあった。」にぎやかな小学生のお友達です。

 今年度のともちゃんの目標は、昨年度の登校日数17日よりも多く登校することです。ともちゃんの体調に合せて午前中だけの登校を隔日、もしくは週2回できるようになれば理想的だと思っていました。今週は、月曜日は登校、火曜日は休養、水曜日は登校、木曜日は休養、金曜日は家庭訪問(ともちゃんは学校をお休み)と理想的な形でした。秋になって冬篭りに入ると登校できないので、これからの季節に無理はせず、たくさん登校できたらいいですね。

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2003年4月27日(日)

去年から、ともちゃんは兵庫県立公園めぐりをしています。今日はその大トリ、北播磨余暇村公園に行きました。朝のうち痰があったので、先週は頑張りすぎたかなと心配しましたが、このところ体調好調のともちゃんは朝の予定も早く終り、「遠くまでお出かけするぞ。」と張切っています。

 連休を前に多くの人は出控えているようで、高速道路は空いています。昨年播磨中央公園に行った時と同じく滝野社インターで高速を下りました。「遠くの田舎」の景色が広がります。けれども幹線道路沿いにはところどころ大型店舗があって、「ユニクロや100円ショップのダイソーはどこにでもあるんやなあ。」とお母さんは感心しています。

 田園地帯の中に、ぽこぽこと突然地面が隆起したような低い山があちこちに現れます。どの山も深緑色と黄緑色の2色のまだら模様を呈しています。生えている樹木の1本1本が識別できるくらい近い山をよく見ると、本当に地図の記号みたいに三角形をした針葉樹は深い緑色の葉をつけていて、若葉の芽吹いた広葉樹は黄緑色をしていました。

 少し森林の中に入りかけたところに北播磨余暇村公園の駐車場がありました。車椅子駐車スペースに車を止めて、さっそくミルクの注入です。後部ドアを開けて後ろ向きに座ると、つつじの植え込みと園内道路をはさんで、カニ料理屋さんがあります。「なんぼなんでも、まだ日本海には遠いやろ。せいぜい(中国山地の)背骨のとこやで。」とお父さん。山の中でカニ料理とはちょっと妙な感じです。

 気持ちよく注入をしているともちゃんの横を、羽虫が相次いで飛んで植込みのつつじに止りました。刺す虫だったら大変だとお母さんはあわてましたが、止った虫をよく見ると2匹ともてんとう虫でした。安心したのもつかの間、車の中に蜂がいます。開けっ放しにしていたサイドドアから入ったようです。ともちゃんが刺されないようにと緊張しましたが、蜂は後部ドアからさっさと出て行きました。

 お腹も一杯になり、ともちゃんが楽しみにしている公園内のお散歩です。公園内の案内図を見てどこへ行こうか考えました。駐車場の近くにあるのは冒険広場という子供用遊具のゾーンですが、ここは跳ばして菖蒲園に向かいました。車椅子の人向けに、案内図に階段や急勾配の坂道が明示してあるのはうれしいことです。

 さわやかな晴天の下、緑が映える山道の遊歩道を行くのは、身も心もリフレッシュされるようです。ともちゃんも車椅子のゆれを心地よく感じて、ごきげんです。遊歩道の横に作られた人工の小川では、小さいけれど激しい流れがゴーゴーと音を立て、水しぶきを上げていて涼しげです。

 動物の毛が苦手なともちゃんはウサギ小屋を遠目に見て、菖蒲園のある池の方へ下りていきましたが、菖蒲の季節にはまだ早かったようで、全く花は咲いていませんでした。ちょっと残念です。園内の遊歩道をぐるりと一周しましたが、園内は思っていたよりも狭くて、何だか物足りない感じです。

 最初にパスした冒険広場に行く途中につり橋が架かっています。「つり橋を渡ってみよか。」と訊くと、タイミングよく「ハハン」と笑顔の返事が返ってきました。渡っているとゆらゆら揺れるつり橋を向う側に渡った後、また戻ってきました。ともちゃんはケラケラ楽しそうに笑っていました。

 今日で2年越しの兵庫県立(都市)公園めぐりも完了です。北播磨余暇村公園は宿泊施設「ココロン那珂」を備えていることを魅力とする公園で、敷地自体は播磨中央公園ほど大きくはありませんでしたが、ともちゃんは(兵庫県立公園めぐりの中では)一番遠くまでのお出かけを満喫しました。帰りには社パーキングエリアによって水分補給も行い、すっかり遠出パワー全開です。

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2003年5月3日(土)

「3連休中の道はどこも混んでるで。混んでないのは阪神高速で行く大阪市内ぐらいや。いうてもUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)方面は混んでるやろけど。ともちゃんが寝てる間に明日のお出かけ先を考えといたげよ。」とお父さん言われて、ともちゃんはお母さんと寝室に行きました。

 朝、「あーあー」とお話しするともちゃんに、お父さんが答えます。「四天王寺に行こか。大阪人やったら、通天閣と大阪城と四天王寺は行っとかなあかん。ともちゃんが生まれたA病院の近くやで。」、何でこの3カ所になるのかは不明ですが、天神祭りが誕生日で大阪市浪速区生れという難波っ子のともちゃんは、通天閣と大阪城はすでに訪れています。

 阪神高速は予想通りガラガラです。そして、唯一渋滞の表示が出ているのがUSJに向う支線というのも予想通り。軽快に走る車の中で、ともちゃんは満足そうです。阪神高速環状線をA病院に行く時と同じ出口で下りました。改めて意識すると、この付近にはお寺がたくさんあります。しかし、それは横目に見て、さらに上り坂になった道を進むと四天王寺がありました。

 中ノ門から中に入り、境内に車を止めました。ゴーンゴーンと鐘の音が聞こえています。大阪の中心地にあるということで、賑やかでも面積的には小さなお寺を想像していました。しかし境内は広々としていて、ゆったりと車を止めた脇の木の枝が風にゆれているのを見ると、とてもここが大阪の街中であるとは思えません。「今ならこんな一等地にこんな広いお寺を建てるのは無理やろうけど、なんというても、聖徳太子の昔に場所取りしたからなあ。」

 そう四天王寺は1400年前に聖徳太子が建立したお寺です。当時はこの上町台地のすぐそばまで海が迫っていて、四天王寺の石の鳥居から海に沈む夕日を眺められたと何かの本で読んだことがあります。

 早く着いたので、ともちゃんはミルクの注入の前にお散歩です。まず目に入ったのは、亀の池です。亀がうじゃうじゃたくさん石の上で甲羅干しをしています。「ともちゃん見てみ。亀がたくさんおるわ。」、対岸にいた人が餌を与えると、あちこちにいた亀が一斉に首だけを水面上にかかげて泳いで集まってきました。その姿は亀というより餌を求めて集まる水鳥のようで、異様な光景でした。ちなみにこの池の名称は本当に「亀ノ池」でした。

 「どこで鐘が鳴ってるんかな。」と亀ノ池の橋を渡って、鐘の鳴るほうへ向かいました。この橋の真ん中には重要文化財でもある立派な石舞台がでんと陣取っていて、その隙間を通って渡ります。鐘自体は見えませんが、鐘堂がありました。北の引導鐘ということですから、この鐘の音で亡くなった方をあの世に送るのでしょう。鐘の音は途切れることなく聞こえています。

 「五重の塔を見に行こか。」、ここからは有料拝観となります。中学生なので(障害者でなくても)ともちゃんは無料ですが、ともちゃんの介護をしているお母さんも割引きしていただきました。

 四天王寺の中心伽藍は、北から講堂、金堂、五重塔、仁王門が一直線上に並んでいて、それを回廊が四角く取り囲んでいます。回廊の階段の横には比較的新しいスロープが配置してあり、ともちゃんは車椅子で回廊をぐるりと散歩できました。この回廊の内側にいるのはともちゃんの家族だけだったので、落ち着いた雰囲気に浸ることができ、奈良かどこかのお寺にいるようです。とても、ここが大阪の街中だとは思えません。

 ともちゃんはスロープを上がったり、下がったり、真っ直ぐに長く続く貸切りの回廊をおしゃべりをしながら進むお散歩にご機嫌です。「見てみ、五重塔を真ん中に、講堂、金堂、仁王門が一列に並んでて、面白いやろ。四天王寺式言うねんで。」、お父さんの解説に「ともちゃん相手に、ええかげんなこと言うてるな。」と思っていたお母さんでしたが、ちゃんと「四天王寺式伽藍配置」と説明板があって、お父さんは得意そうでした。

 新しくてきれいな休憩所の建物がありましたが、ここではミルクの注入はせず、お土産を買いました。巳年のともちゃんはツボから鎌首をもたげた可愛い蛇の鈴とお守りのついたストラップ。映画を見に行って、ともちゃんとは別行動をしている寅年のお姉ちゃんにもトラの鈴とお守りのついたストラップを買いました。

 ミルクの注入は車を境内の木陰に移動して、後部ドアを開けて行いました。五月晴れとそよ風が心地よく、やはりこの季節は屋外での食事(注入)が一番です。お腹が一杯になりました。このまま帰路につくと、道路は空いているので、すぐに帰り着いてしまうことでしょう。時間もまだ早いので、ちょっと遠回りをして帰ります。

 さらに南に下り、お姉ちゃんの高校の回りをぐるりと一周し、校門の前を通りました。調理実習の時にお姉ちゃんたちが食材を買うスーパーも、合格発表の時にお母さんとお姉ちゃんで親子丼を食べた食堂も見ました。ともちゃんもお父さんもお姉ちゃんの高校を見るのは初めてです。「ほら見てみ。おねえ(ちゃん)の学校やで。」、「私の学校の方が新しくてきれいやで。」(ともちゃんの養護学校は新設校で、ともちゃんは一期生です)と、ともちゃんは思っていたかもしれません。

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2003年5月10日(土)

連休中は遠出を避けていたともちゃんの一家ですが、連休直後の休日の高速道路は空いているということを経験的に知っています。今日は遠出のチャンスです。ともちゃんもそれを知っているかのように、いつになく朝食を早く食べ終りました。今日の行き先は淡路島の兵庫県立淡路島公園(淡路ハイウェイオアシス)です。

 ともちゃんは最近まで兵庫県立公園情報案内ホームページ「公園へいこう」に掲載されている県立公園めぐりをしていて、全公園を踏破しました。掲載されている公園13ヶ所は全て(財)兵庫県園芸公園協会が管理している県立公園です。兵庫県立淡路島公園は管理している部署が異なるためか、「公園へいこう」には載っていませんが、その存在を知ったので是非訪れたくなりました。

 淡路島公園は、島の北端の鳴門海峡大橋を望む丘陵にある広大な敷地の公園です。公園の一部は淡路ハイウェイオアシスとして神戸淡路鳴門自動車道で明石海峡大橋を渡ってすぐにある淡路サービスエリアから直接行けるようになっています。ともちゃんもここを目指します。

 高速道路は空いていて、近畿自動車道、中国自動車道を快調に疾ばし、三木ジャンクションで分岐して垂水に向かいました。この道はさらに空いていて、思いのほか早く淡路島に着きそうです。トンネルを抜けながら、「これを抜けたら橋(明石海峡大橋)かな。」と訊くお母さんに、お父さんは「まだ、タマネギを越えてへんで。」と答えました。

 「タマネギ」とは垂水ジャンクションのことです。いくつもの高速道路が集り、幾重にも大きく円弧を描きながら、それぞれの道へ分岐していく様子を地図上で見ると、その姿はまさに「巨大なタマネギ」なので、ともちゃんの家では垂水ジャンクションのことをタマネギと呼んでいるのです。

 大きくカーブしてタマネギを横切り、明石海峡大橋に差掛りました。ともちゃんはこの橋を渡るのは3度目ですが、何度渡っても興奮します。「ともちゃん見てみ。海やで。海を渡ってんねんで。ほら、黒いお船おるわ。」、ともちゃんはここまでの順調な、でも単調なドライブにボーッとしていましたが、車の中の華やいだ雰囲気を感じてホホーとした顔つきで海を眺めていました。

 淡路サービスエリアから淡路ハイウェイオアシスに入り、車椅子駐車スペースに車を止めて、車椅子に乗りました。すぐ目に留ったのが「あわじ花へんろ第一番花の札所」の看板です。奇しくも、今朝、ともちゃんの家でついていたTV番組の中で淡路島観光特集をやっていて、その中で花へんろを紹介していたことを思い出しました。

 花へんろは今まさに満開の淡路島の花の名所を回ってスタンプを押すというものです。ともちゃんはここだけを訪れたので、スタンプラリーはしませんが、第一番の札所というのはちょっとうれしい気がします。階段を避けてトイレ棟の中にあるエレベータで2階に上がり、いよいよ花の谷に向かいます。ハイウェイオアシスは丘陵に沿って広がっているので、ゆるやかですがここからはずっと上り坂です。

 花の谷は、遊歩道に沿ってよく整備された色とりどりの草花が植えられた花壇が続いています。上り坂なので車椅子を押すお母さんは一歩一歩踏みしめて登っていますが、車椅子に座るともちゃんはごきげんで鮮やかな草花を眺めています。ところが、お母さんが顔を上げると少し先の遊歩道の上空、ちょうど大人の顔の辺りに静止している虫がいます。「うわ、虫がおる。」、「うわ、蜂や。」

 お母さんは一瞬足がすくみました。しかし、公園の花壇の手入れをしている人も、他の観光客も、特に蜂を気にしている様子もありません。無視していると、蜂のほうも無視してくれるようです。ともかく、ともちゃんが刺されないように、両親でガードして通り過ぎました。ところが、一難去ってまた一難、また蜂がいます。結局、何度も蜂に注意しながら通りました。そういえば、花の谷の入り口で大きな蜂の人形が出迎えてくれていましたっけ。蜂に注意ということだったのでしょうか。

 ミルクの注入はオアシス館の中のカフェテリアで行いました。散歩をしたというのにまだ十分早い時間で、ガラス張りのカフェテリアは空いていて、花の谷が見える一番いい席に陣取りました。美しい花壇を見ながら、ゆったりとした優雅なひと時、両親はコーヒー、ともちゃんはミルクです。

 オアシス館でお土産も買いました。実はカフェテリアに向う途中で、とてもいいお土産に出会いました。「こんな、ええのんあるわ。ほらっ。」とお父さんがともちゃんに見せたのは、タマネギを通ってやってきた淡路島の名産、タマネギ、というわけで、巨大なタマネギの被り物をした淡路島のタマネギキティちゃんです。さすがに、この特大のぬいぐるみは値札がなくて売り物ではないようでしたが、手ごろな大きさのタマネギキティちゃんもあります。

 手ごろな大きさのタマネギキティちゃんは、「淡路特産 たまねぎ」と書かれたダンボール箱から顔を出しているところがミソです。ともちゃんも淡路のタマネギは大好き。恒例のメニューで2日に1度はタマネギを食べています。被り物のご当地キティちゃんといえば、イカ(富山)やカニ(北陸)といったともちゃんが(アレルギーがあるために)食べられないもの多かったのですが、これならともちゃんがなめても大丈夫(?)、いいお土産が買えました。

 まだ、帰路に就くには時間が早いので、ハイウェイオアシスを出て、公園内の山道を走り、淡路島公園の一番奥にある「森のゾーン」の「展望広場」を目指しました。ここからだと明石海峡大橋だけではなく、南東を見れば関西空港が見えるそうです。眺望を楽しみにしながら駐車場から展望広場までの桜並木の道を行くと、ここにもいるわ、いるわ、蜂がたくさん飛んでいます。

 花の谷にいたのと同じ形のミツバチを大きくしたような蜂です。最初はともちゃんをガードしながら、蜂を刺激しないように進んだのですが、あまりの多さに途中で撤退しました。近くに養蜂場でもあるのでしょうか。さすがに、ここですれ違った人は「蜂が多いですねえ。」と困った様子でした。駐車場に戻って窓もドアもしっかりと閉めて、水分の注入を行いました。

 道が空いていると、淡路島まで行って、ゆっくりと散歩をしても1時に家に帰ることができました。淡路島は輝く海に囲まれ、明るい陽光があふれ、鮮やかな花が咲き乱れています。花とタマネギの淡路島はともちゃんもお気に入り、でも蜂の淡路島は苦手です。気軽に行けるなら、ともちゃんの遠出の行き先として、これからも、淡路島の様々な場所に行ってみたいですね。蜂には十分注意して、蜂のいないところを探してね。

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2003年6月1日(日)

前回のお出かけの時に、阪神高速北神戸線が中国自動車道に繋がっている(北神戸線が延伸されて新しいジャンクションができている)ことが分りました。今日のお出かけはこの北神戸線を通って有馬温泉まで行ってみます。温泉地ですが、ともちゃんは温泉には入らずに、温泉街のお散歩を楽しむことにします。

 ともちゃんは車に乗るまで「オーオー」と大きな声を出していました。「どうしたんや。」と顔を覗き込むと、「アハハハハン」と顔をくしゃくしゃにして大笑いしていました。お出かけに興奮しているのでしょう。車の中でお母さんに抱っこされて落着いたかと思うと、今度はしゃっくりが出てしまいました。

 ともちゃんのしゃっくりは吸引をすれば止まります。吸引するために立寄った西宮名塩サービスエリアでは、車を止めた前の木々が風に大きく揺らいでいます。観光バスから降りてくる人たちもみんな上着を着ています。曇り空の下、車外はかなり涼しそうです。

 天気予報を聞き、さらに関西の夏の避暑地でもある有馬温泉に行くというので、ともちゃんはTシャツ、長袖カッターシャツ、パーカーの3枚を着ています。けれど、ここでパーカーを脱いで、予備に持ってきたトレーナーを着ました。現地に着いて車外に出るときには、その上にパーカーをさらに重ねると寒さ対策も万全でしょう。吸引して、しゃっくりも止まって、再び出発です。

 中国自動車道からいよいよ阪神高速北神戸線に入りました。料金所を通るとスコーンと前後に車の影はありません。気分良く走るとすぐにトンネルに入りました。曲がっていて、なかなか出口は見えないけど、「トンネル、トンネル、トンネル、トンンネル、明るい、明るい、明るい、明るい、やなあー。」(トンネル、トンネル、トンネル、トンンネル、真っ暗、真っ暗、真っ暗、真っ暗という有名な絵本のもじり)と照明で明るいトンネルを抜けながら、さすがに山の中を横断する道だとお父さん、お母さんは納得しています。

 「あっ、有馬温泉って書いてあるで。左や。ここで出なあかんわ。」とお母さんが大きな声を出しました。お父さんはこの次の出口で下りる予定でしたが「有馬温泉」の表示があるので、半信半疑のまま、あわててこの「山口南」で高速を出ました。帰ってから確認すると次の出口「有馬口」は反対車線からしか出られず、ここで下りて大正解でした。お父さんは「カーナビにも載ってへん新しい道は分らんわ。」と開き直っています。

 さて、ここからは地道を走って、有馬温泉の外れから中心地に向かいました。いくつかの温泉旅館の看板を通り過ぎて、神戸電鉄有馬温泉駅前に出ました。このあたりが有馬温泉の中心地です。有馬川沿いに駐車場の看板を見つけました。普通乗用車は2階とあったので、何の疑問も持たずに狭いスロープの入口で駐車料金を支払い、2階へ上がりました。2階の駐車場内に壁はなく、柱だけのオープンスペースです。端に止めると景色が見られてよさそうです。

 山側の端っこのスペースにバックで入れました。後部ドアを開けて、座席を後ろ向きにしてミルクの注入をすると、それだけでも緑が見えてちょっと山の中に来た雰囲気になれそうです。車を止めると、すぐ後ろに階段があって、歩行者用階段と書かれているのが見えました。この駐車場に車を止めたら階段以外に下に下りる手段はないのでしょうか。確かにかなり古そうな駐車場ですが、迂闊でした。

 「このまま車で戻って、料金所で車椅子なんですけど(2階からどうやって下りるんですか)って言おうか。」、「もう(この駐車場に)入ってしもたし、とりあえずここでミルクの注入でもしよか。」、いつもの注入時間には少し早いのですが、今日は早く朝食を食べ終っているので、ともちゃんのお腹も空いたことでしょう。ともちゃんは後部座席で山の斜面の緑と階段を見ながらミルクの注入を行いました。

 トレーナーの上にパーカーを羽織りましたが、関西の奥座敷は風がひんやりとして、爽やかなようでもあり、ちょっと冷たく感じるようでもありです。ともちゃんは寒くないようにお父さんにぎゅっと抱っこしてもらって注入を行いました。お父さんにくっついているので、ともちゃんは余裕の表情です。その間にお母さんは階段の偵察です。階段は上にも通じていて3階があるようです。

 ここは3階建ての駐車場なのですが、3階はある旅館の専用駐車場になっていて、2階のスロープからは上がれないように封鎖されていました。3階へは山の上にある道路から直接出入りするようになっていました。2階の駐車場に車を止めた人たちの多くは注入をしているともちゃんのそばの階段を昇降して下の道路と行き来しています。しかし、車で入ってきたスロープをそのまま歩いて上ってくる人もいます。

 頻繁に車が入ってくることもなく、見通しが良いスロープなので、ともちゃんの車椅子もここから下りることにしました。お母さんの先導で、お父さんが後ろ向きにゆっくりと車椅子を下ろします。勾配が急なので、お父さんは慎重に一歩一歩バックします。お母さんも前後から車がやってこないか確認しながら、車椅子がスロープを下りていることをアピールしながら、お父さんとともちゃんの様子に注意を払っています。

 スロープを下まで下りた時、状況を知った料金所の係の人が申訳なさそうに、「帰りはここで車に乗って下さいね。」と、1階の料金所横のカラーコーンで塞がれた場所を示してくれました。ここが車椅子用の駐車スペースで、最初に車椅子の子供が乗っていますと話していたら、この場所に駐車するように指示されたのかもしれません。

 まずは有馬温泉駅方面へ向かいました。途中、噴水(というか水のカーテンのような人工の滝のモニュメント)があって観光客の撮影スポットになっていました。有馬のお湯かと期待をして手を浸けたお父さんは「水や」とがっかりしていました。でもここは「湯けむり広場」ということを帰ってから知りました。湯けむりに見立てた滝なのだそうです。ここには有馬温泉のファンであり援助者であったという豊臣秀吉の像もありました。

 湯けむり広場で買ったばかりの温泉饅頭をおいしそうにほお張る家族連れを見て、「温泉饅頭を買って食べたい。」とお母さんが言います。駅の付近には饅頭屋はありませんから、お散歩の新たな目的地ができました。「土産物屋が並んだ細い通りがどこかにあったはずやけどなあ。」とお父さんは30年以上も前の記憶をたどっていました。もと来た道を引き返し有馬川から右手に逸れる道に入ると、ありました、店の前で饅頭を蒸かしています。

 ここから観光案内所あたりまでがお父さんの記憶にあった温泉町の土産物屋さん街でしょう。饅頭と炭酸せんべいの割れせん(炭酸せんべいを作る時に出たせんべいの破片でとても安くてお買い得、最後の一袋だったのをお父さんが見つけてくれた)を買って、お母さんは大満足です。ともちゃんもおみやげを買いましょう。歩道が狭くて、人も多いので、車椅子では「ゆったりと」というわけにはいきませんが、お店を見て回りました。

 昔ながらの温泉地のお土産が多くて、ともちゃんはちょっと渋い銀色のひょうたん型のキーホルダー(秀吉の影響で千成ひょうたん形の土産も多い)を選びました。「温泉玉子買ってきてや。」と言っていたお姉ちゃんには、(温泉玉子は売っていなかったので)温泉玉子を模した洋菓子を買いました。曇り空で風は冷たくお散歩日和ではありませんが、ちょっと温泉旅行をしているような気分です。ともちゃんは珍しい雰囲気を感じたことでしょう。

 車内で水分補給をしてから帰路につくことにしたので、車椅子で駐車場のスロープを上り2階に止めた車に戻りました。帰りは阪神高速ではなくて、海沿いの芦屋と有馬を結ぶ芦有(ろゆう)道路という昔からある有料道路を通ります。小さいころ西宮に住んでいたお父さんは、ハイキングで六甲山の山越えをした後、芦有道路を通る阪急バスの路線バスで有馬温泉から家に帰ったそうです。

 芦有道路はくねくねと曲がりくねった山道で六甲山系を越えます。下のほうに池が見えて、「ともちゃん見てみ。行ったやろ。北山貯水池かも知れんで。」と話しかけても、ともちゃんは何度もあくびをして、目がうつろです。早起きして、お散歩したので、疲れたのでしょう。目がだんだんつぶれてきて、そうそう、しっかりお昼寝しておこうね。

 家に着くまで、ともちゃんは眠っていました。目覚めて、ちょうど家に着いたよと言おうとしたとたん、ウェウェとえずいて、水分補給で飲んだソリタ(病院で処方された電解質補給用の飲料)を全部戻してしまいました。しまった、去年の高野山と同じです。ともちゃんは水分補給の後の山道で車に酔ったようです。

 玄関ドアを開けて、お姉ちゃんの顔を見ながら、ともちゃんは大きな声で「アアーアーアー」と訴えていました。ひとしきり声を出すと後はすっきりしたのか、ニコニコと笑顔に戻っていました。お姉ちゃんに「今日の帰りも山道やってんで。それで酔ってん。お姉ちゃんも一緒に来てたら酔うたで。」と言っていたのかもしれません。

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2003年5月10日(土)

連休中は遠出を避けていたともちゃんの一家ですが、連休直後の休日の高速道路は空いているということを経験的に知っています。今日は遠出のチャンスです。ともちゃんもそれを知っているかのように、いつになく朝食を早く食べ終りました。今日の行き先は淡路島の兵庫県立淡路島公園(淡路ハイウェイオアシス)です。

 ともちゃんは最近まで兵庫県立公園情報案内ホームページ「公園へいこう」に掲載されている県立公園めぐりをしていて、全公園を踏破しました。掲載されている公園13ヶ所は全て(財)兵庫県園芸公園協会が管理している県立公園です。兵庫県立淡路島公園は管理している部署が異なるためか、「公園へいこう」には載っていませんが、その存在を知ったので是非訪れたくなりました。

 淡路島公園は、島の北端の鳴門海峡大橋を望む丘陵にある広大な敷地の公園です。公園の一部は淡路ハイウェイオアシスとして神戸淡路鳴門自動車道で明石海峡大橋を渡ってすぐにある淡路サービスエリアから直接行けるようになっています。ともちゃんもここを目指します。

 高速道路は空いていて、近畿自動車道、中国自動車道を快調に疾ばし、三木ジャンクションで分岐して垂水に向かいました。この道はさらに空いていて、思いのほか早く淡路島に着きそうです。トンネルを抜けながら、「これを抜けたら橋(明石海峡大橋)かな。」と訊くお母さんに、お父さんは「まだ、タマネギを越えてへんで。」と答えました。

 「タマネギ」とは垂水ジャンクションのことです。いくつもの高速道路が集り、幾重にも大きく円弧を描きながら、それぞれの道へ分岐していく様子を地図上で見ると、その姿はまさに「巨大なタマネギ」なので、ともちゃんの家では垂水ジャンクションのことをタマネギと呼んでいるのです。

 大きくカーブしてタマネギを横切り、明石海峡大橋に差掛りました。ともちゃんはこの橋を渡るのは3度目ですが、何度渡っても興奮します。「ともちゃん見てみ。海やで。海を渡ってんねんで。ほら、黒いお船おるわ。」、ともちゃんはここまでの順調な、でも単調なドライブにボーッとしていましたが、車の中の華やいだ雰囲気を感じてホホーとした顔つきで海を眺めていました。

 淡路サービスエリアから淡路ハイウェイオアシスに入り、車椅子駐車スペースに車を止めて、車椅子に乗りました。すぐ目に留ったのが「あわじ花へんろ第一番花の札所」の看板です。奇しくも、今朝、ともちゃんの家でついていたTV番組の中で淡路島観光特集をやっていて、その中で花へんろを紹介していたことを思い出しました。

 花へんろは今まさに満開の淡路島の花の名所を回ってスタンプを押すというものです。ともちゃんはここだけを訪れたので、スタンプラリーはしませんが、第一番の札所というのはちょっとうれしい気がします。階段を避けてトイレ棟の中にあるエレベータで2階に上がり、いよいよ花の谷に向かいます。ハイウェイオアシスは丘陵に沿って広がっているので、ゆるやかですがここからはずっと上り坂です。

 花の谷は、遊歩道に沿ってよく整備された色とりどりの草花が植えられた花壇が続いています。上り坂なので車椅子を押すお母さんは一歩一歩踏みしめて登っていますが、車椅子に座るともちゃんはごきげんで鮮やかな草花を眺めています。ところが、お母さんが顔を上げると少し先の遊歩道の上空、ちょうど大人の顔の辺りに静止している虫がいます。「うわ、虫がおる。」、「うわ、蜂や。」

 お母さんは一瞬足がすくみました。しかし、公園の花壇の手入れをしている人も、他の観光客も、特に蜂を気にしている様子もありません。無視していると、蜂のほうも無視してくれるようです。ともかく、ともちゃんが刺されないように、両親でガードして通り過ぎました。ところが、一難去ってまた一難、また蜂がいます。結局、何度も蜂に注意しながら通りました。そういえば、花の谷の入り口で大きな蜂の人形が出迎えてくれていましたっけ。蜂に注意ということだったのでしょうか。

 ミルクの注入はオアシス館の中のカフェテリアで行いました。散歩をしたというのにまだ十分早い時間で、ガラス張りのカフェテリアは空いていて、花の谷が見える一番いい席に陣取りました。美しい花壇を見ながら、ゆったりとした優雅なひと時、両親はコーヒー、ともちゃんはミルクです。

 オアシス館でお土産も買いました。実はカフェテリアに向う途中で、とてもいいお土産に出会いました。「こんな、ええのんあるわ。ほらっ。」とお父さんがともちゃんに見せたのは、タマネギを通ってやってきた淡路島の名産、タマネギ、というわけで、巨大なタマネギの被り物をした淡路島のタマネギキティちゃんです。さすがに、この特大のぬいぐるみは値札がなくて売り物ではないようでしたが、手ごろな大きさのタマネギキティちゃんもあります。

 手ごろな大きさのタマネギキティちゃんは、「淡路特産 たまねぎ」と書かれたダンボール箱から顔を出しているところがミソです。ともちゃんも淡路のタマネギは大好き。恒例のメニューで2日に1度はタマネギを食べています。被り物のご当地キティちゃんといえば、イカ(富山)やカニ(北陸)といったともちゃんが(アレルギーがあるために)食べられないもの多かったのですが、これならともちゃんがなめても大丈夫(?)、いいお土産が買えました。

 まだ、帰路に就くには時間が早いので、ハイウェイオアシスを出て、公園内の山道を走り、淡路島公園の一番奥にある「森のゾーン」の「展望広場」を目指しました。ここからだと明石海峡大橋だけではなく、南東を見れば関西空港が見えるそうです。眺望を楽しみにしながら駐車場から展望広場までの桜並木の道を行くと、ここにもいるわ、いるわ、蜂がたくさん飛んでいます。

 花の谷にいたのと同じ形のミツバチを大きくしたような蜂です。最初はともちゃんをガードしながら、蜂を刺激しないように進んだのですが、あまりの多さに途中で撤退しました。近くに養蜂場でもあるのでしょうか。さすがに、ここですれ違った人は「蜂が多いですねえ。」と困った様子でした。駐車場に戻って窓もドアもしっかりと閉めて、水分の注入を行いました。

 道が空いていると、淡路島まで行って、ゆっくりと散歩をしても1時に家に帰ることができました。淡路島は輝く海に囲まれ、明るい陽光があふれ、鮮やかな花が咲き乱れています。花とタマネギの淡路島はともちゃんもお気に入り、でも蜂の淡路島は苦手です。気軽に行けるなら、ともちゃんの遠出の行き先として、これからも、淡路島の様々な場所に行ってみたいですね。蜂には十分注意して、蜂のいないところを探してね。

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2003年6月8日(日)

今日は近場にお出かけすることにしました。行き先は葛井寺に決定です。大阪府藤井寺市にある西国三十三箇所5番札所の紫雲山葛井寺(「ふじいでら」と読む)です。このあたりには古墳がたくさんあり、ともちゃんも展示館「まほら・しろやま」に行ったことがあります。葛井寺は奈良時代、聖武天皇のころに創建されたお寺だそうです。

 高速道路を下りて、カーナビの案内に従って藤井寺市内を葛井寺に向かいます。近鉄電車の踏切を越えると、府営住宅の団地やコンビニ、小さな畑などがあり、ともちゃんが住んでいる街のような大阪の下町の光景が続きます。「落着いた田舎の雰囲気がある思うて葛井寺に来たのに、ほんまに日常的な風景やなあ。」とお母さん。

 この街中に葛井寺の駐車場がありましたが、葛井寺はすぐ近くには見当りません。「次の角を左に曲がって、ちょっと行ったらすぐです。」と駐車場の管理人は教えてくれましたが、お母さんはちょっと不安です。それにひきかえ、車椅子に乗移ったともちゃんは意気揚々としています。「どんなとこでもええやん。早よ行こ。」と言いたげです。

 住宅が密集する中、車が1台通れるだけの歩道のない道を行きました。右手に南大門が現れました。しかし、門を越えるには階段があります。南大門の横に小さな通用門がありますが、閉まっています。中に入ってお寺の人に頼んで開けてもらおうということになり、お母さんが先に中に入っていきました。ともちゃんはお父さんと門の外で待っています。

 お寺の中にはお参りの人はいるのですが、寺務所にもお寺の人はいません。しかし、そこからすぐ左手に西門が見えていて、段差がほとんどない通用門が開いていることが分りました。お母さんは西門を出て、お寺の外側の道を走って、ともちゃんの待つ南大門へと向かいました。ともちゃんはボーッと門を見上げ、お父さんは車椅子の押し手を握ってそのともちゃんをボーッと見ながら、待っていました。

 西門は商店街の中にあります。お店はぼつぼつ開店していく時間です。「知らん商店街を行くのもええよなあ。」と田舎にこだわったくせに商店街は好きなお母さんが勝手なことを言っています。お父さんに車椅子を押してもらっているともちゃんは、車椅子が動いているとごきげんです。

 境内に入ると、まずは本堂にお参り。その後はそれほど広くない境内をゆっくりと見て回りました。藤棚がありますが、残念ながら花のシーズンではありませんでした。後で調べたのですが藤の花は4月から5月に咲くのだそうです。その代わりにアジサイの花を見つけました。

 南大門を中から改めて眺めると立派な門です。石段に腰をかけて絵を描いている人もいます。このまま帰ってしまうにはもったいないし、ともちゃんも不満でしょう。ともちゃんも石段に座ってミルクの注入をしようかと両親で話していた時、お父さんが喫茶店に気付きました。境内の隅にある池の畔に建つガラス張りの店です。南大門からもすぐ近くです。

 まだ準備中かと心配したのですが、店内はともちゃん一家だけなのでゆっくりとくつろいだ気分で注入ができました。視線を落とすと、足元に見える池の中に大きな鯉がいて、こちら側に泳いでくると迫力があります。「ともちゃん、下見てみ。大きい鯉が来るで。怖ないか。」お父さんに抱っこされたともちゃんは悠然と「怖くなんかないもーん。」という表情です。

 視線を上げると南大門が見えて、お参りの人が次々にやって来ます。池を挟んで向こう側にもお堂があるらしく、池の前でも手を合わせて拝んでいきます。拝んでいく人はみんな池の手前の金属の筒を触っていくので、何があるのかと思ったら、この金属製の筒はお賽銭箱でした。快適な店内から境内を眺めながら、ともちゃんはミルク、お父さんはアイスコーヒー、お母さんは抹茶と葛井寺名物の葛井餅(くずいもち)を頂きました。

 ちょっとした気分転換にちょうどいいお出かけでした。庶民的な商店街の中にある小さなお寺ですが、さすがは西国5番札所です。ともちゃんが車に乗込んだとき、小さな駐車場に西国三十三箇所巡りツアーの大型観光バスが着き、たくさんの人たちがバスを降りてぞろぞろと葛井寺に向っていきました。

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